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新潟地方裁判所長岡支部 昭和45年(ワ)175号 判決 1972年11月30日

原告

野沢健一

ほか一名

被告

森田良昭

ほか三名

主文

被告らは原告らに対し、連帯して、各金三五万一五一〇円およびうち各金三〇万一五一〇円に対する昭和四五年六月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを六分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

(一)  被告らは原告らに対し、連帯して、各二二七万一五〇円およびうち各二〇七万一五〇〇円に対する昭和四五年六月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告森田および同加藤

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  被告幸吉および同ナツ

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  交通事故の発生

1 発生時 昭和四五年六月一日午後三時一〇分ごろ

2 発生地 小千谷市栄町七〇六番地付近国道一一七号線上

3 森田車 貨物自動車(新一な二二―三〇号)運転者被告森田

4 川上車 軽四輪自動車 運転者被告ナツ、同乗者被告幸吉

5 態様 訴外亡野沢利矢子が川上車から降りた直後、森田車が右利矢子に衝突

6 結果 利矢子は、脳挫傷、頭蓋骨々折、頸椎骨折、両肋骨々折、肝破裂、骨盤骨折、右大腿骨々折、腹壁破裂により即死

(二)  責任原因

1 利矢子は原告らの二女で、昭和四一年六月二八日生れ(本件事故当時三歳一一ケ月)であり、被告幸吉および同ナツは夫婦である。本件事故当日の午後三時六分ごろ、被告ナツは川上車を運転し、被告幸吉がこれに同乗して、前記国道を小千谷市本町方面から十日町市方面に向つて進行中、小千谷市立南保育園から同保育園の園児らとともに帰宅途中の利矢子を確めるや、同女を川上車に同乗させ、原告ら宅前路上まできて同車を停止し、同女を同車から降ろした。しかして、右国道は交通ひんぱんであつて、いつ前方あるいは後方からの他の車両が進行してくるやも分らない状況にあつたのであるから、被告ナツおよび同幸吉としては、利矢子の年齢からして、十分な安全措置を講じ、同女を安全な地点まで送り届けなければならない注意義務があつたにもかかわらず、右義務を怠り、漫然と同女を降車させた過失により、後記のとおりの被告森田の過失と相まつて、森田車をして同女に衝突させ、本件事故を発生させた。

他方、被告森田は、森田車を運転し、右国道を十日町市方面から小千谷市本町方面に向つて進行中、その進行方向右側に川上車が停車し、かつ、道路の左側端には歩行中の幼児らを目撃していた。このような場合、被告森田としては、幼児が進路前方にとび出すようなことがあつたとしても、また、川上車から降車する人があつたとしても、直ちに応急の措置をとれるような万全の注意をもつて進行すべき注意義務があつたにもかかわらず、右義務を怠り、漫然と進行した過失により、川上車から降車した利矢子の発見が遅れ、前記の被告ナツおよび同幸吉の過失と競合して、森田車を利矢子に衝突させ、本件事故を発生させた。

したがつて、被告ナツ、同幸吉および同森田は、共同不法行為者として、原告らの蒙つた後記損害を賠償すべき義務がある。

2 被告加藤は、森田車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたものであるから、原告らの蒙つた後記損害を賠償すべき義務がある。

(三)  損害

1 利矢子の逸失利益

利矢子は、本件事故当時三歳一一ケ月で四歳と同視すべきところ、厚生省第一二回生命表によれば、四歳の女子の平均余命は七〇・四二年であつて、同女は、本件事故がなければ、少くとも一八歳から六五歳までの間就労可能であつて、その間収入を得ることができたはずである。しかして、労働省労働統計調査部編昭和四三年賃金構造基本統計調査中の女子労働者の平均月間定期給与額、平均年間賞与、その他の特別給与額統計表によれば、右期間における平均各年収額はつぎのとおりとなる。

年齢 平均月間給与額 平均年間賞与、その他の特別賞与額 年間収入合計

一八―一九歳 二一、一〇〇円 二〇、四〇〇円 二七三、六〇〇円

二〇―二四 二四、八〇〇 七六、三〇〇 三七三、九〇〇

二五―二九 二九、一〇〇 九四、七〇〇 四四三、九〇〇

三〇―三四 三一、一〇〇 八七、〇〇〇 四六〇、二〇〇

三五―三九 三二、〇〇〇 九〇、三〇〇 四七四、三〇〇

四〇―四九 三五、九〇〇 九八、二〇〇 五二九〇〇〇

五〇―五九 四〇、二〇〇 一一五、三〇〇 五九七、七〇〇

六〇以上 二五、八〇〇 九二、一〇〇 五二一、七〇〇

さらに、利矢子が右収入をあげるのに要する生活費として、稼働期間を通じて右収入からその五割を控除し、これをホフマン式計算により年五分の割合による中間利息を控除して現在値を求めると、つぎのとおり合計三九二万四四七四円となる。

年齢 生活費を控除した額 ホフマン式計算による現価

一八―一九歳 一三六、八〇〇円 一四二、一六二円

二〇―二四 一八六、九五〇 四四五、六一四

二五―二九 二二一、九五〇 四七二、七〇四

三〇―三四 二三〇、一〇〇 四四二、八二七

三五―三九 二三七、一五〇 四一六、三一六

四〇―四九 二六四、五〇〇 八二一、七七五

五〇―五九 二九八、八五〇 八〇三、四八八

六〇以上 二六〇、八五〇 三七九、五八八

(合計三、九二四、四七四円)

2 利矢子の慰藉料

利矢子は恵まれた家庭にあつて、両親の暖かい庇護のもとで育つてきた。もし本件事故がなければ、七〇・四二年の余命期間を生存しえたはずであつたのに、まことに無残な生涯を閉じたものというべく、その精神的苦痛に対する慰藉料としては三〇〇万円をもつて相当とする。

3 原告らの慰藉料

利矢子は原告らの二女であり、健康で快活な子供であつて、将来を楽しみにしていたが、本件事故により自宅の前で即死した。これにより蒙つた原告らの精神的苦痛を慰藉するには、各二〇〇万円をもつて相当とする。

4 弁護士費用

原告らは被告らに対し、本件損害金の支払を求めたが、被告らとくに被告幸吉および同ナツは、自己の責任を否定し、一度とて誠意ある態度を示さないため、原告らはやむなく原告ら訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任し、新潟県弁護士会の報酬規定の範囲内で、着手金として一〇万円を支払い、第一審判決言渡の日に謝金として三〇万円を支払うことを約束し、各二〇万円宛の支出を余儀なくされた。右弁護士費用も本件事故と相当因果関係にある損害である。

5 原告らは利矢子の両親であるから、右1、2の合計六九二万四四七四円の損害賠償請求権を各二分の一(三四六万二二三七円)宛相続により取得した。したがつて、原告らの損害合計は各五六六万二二三七円となる。

6 損害の填補

原告らは、本件事故に関し、昭和四五年八月二七日自賠責保険金から四五七万三三〇〇円(各二二八万六六五〇円宛)の支払を受けたので、これを控除するとその損害は各三三七万五五八七円となる。

(四)  よつて、原告らは被告らに対し、右損害金のうち各二二七万一五〇〇円およびうち弁護士費用を控除した各二〇七万一五〇〇円に対する本件不法行為の日である昭和四五年六月一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、連帯してなすことを求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁および主張

(一)  被告森田および同加藤

1 請求原因(一)の事実は認める。

2 同(二)の1の事実中、被告幸吉および同ナツの責任原因に関する部分は認めるが、被告森田に関する部分は否認する。

同(二)の2の事実中、被告加藤が森田車を所有していることは認めるが、その余の事実は否認する。

本件事故当時は雨降りで、被告森田は、森田車を運転して、前記国道(幅員約七・四メートル、うち歩道部分片側〇・五メートル計一メートル)を十日町市方面から小千谷市本町方面に向つて時速約三五キロメートルで、前方を十分注意しながら進行していた。そして、森田車の左前方で、かつ対向して停車した川上車の斜後方約八メートルのところに、八人から一〇人の保育園児が歩いていたので、被告森田は、注意喚起のためクラクシヨンを鳴らすとともに、時速三〇キロメートルぐらいに減速し、右園児をさけるため森田車を道路中央部へ寄せた。森田車の前部が川上車の後部と並んだとき、それまで全く姿の認められなかつた利矢子が、川上車の後部から、森田車に視線を向けることなく、こうもり傘を槍のようにして持つて突然勢よく走り出してきたので、被告森田はとつさに急ブレーキをかけたが間に合わず、利矢子は森田車の後輪に衝突した。右のとおり、本件事故はいわゆる飛び出し事故であつて、被告森田としては、前方を十分注視していたにもかかわらず、突然進路前方に飛び出されてはいかなる運転者といえども事故発生を防ぎようがなく、したがつて、運転者たる被告森田には何らの過失も存しない。

しかして、本件事故は被害者利矢子および被告幸吉、同ナツと原告らの各過失によつて起つたものである。すなわち、利矢子には、国道を横断するに際して、左右の交通の安全を確認しないまま、横断のため道路中央に飛び出して過失があり、被告幸吉および同ナツは、交通ひんぱんな国道で幼児である利矢子を川上車から降ろすに際しては、対向車のあることは十分予想されるのであるから、利矢子をひとりで下車させることなく、これに連れ添つて道路反対側まで送り届けるなどの安全措置をなすべき注意義務があつたのに、これを怠つた過失がある。また、原告らは、利矢子の両親として、今日の交通状況とくに自宅が国道に面していることを考えれば、常日ごろから交通安全教育を利矢子に対してなしているべきであつたのに、これを怠つた過失がある。

3 同(三)の事実は争う。

(二)  被告幸吉および同ナツ

1 請求原因(一)の事実は認める。

2 同(二)の1の事実中、被告森田の責任原因に関する部分は認めるが、被告幸吉および同ナツに関する部分は否認する。

本件事故は、被告森田、利矢子および原告らの各過失にもとづいて発生したものであり、被告幸吉および同ナツに過失はない。

森田車を運転していた被告森田は、川上車が進路右前方に停車しているのを認めていたのであるから、かかる場合、クラクシヨンを鳴らし、かつ、川上車の後方から幼児等がいつ飛び出しても急停車して事故の発生を未然に防止できる程度に減速徐行すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、クラクシヨンを鳴らさず、右の程度に減速せずに進行したため、本件事故が発生した。また、人が停車中の車両の後方から道路を横断するに際しては、左右の交通の安全を確認したうえ横断しなければならないところ、利矢子は右事理を弁識するに足りる能力があつたにもかかわらず、右注意義務を怠り、左右の交通の安全を確認しないまま道路を横断しようとしたため、本件事故が発生した。仮りに利矢子に右能力がなかつたとしても、同女の監督義務者である原告らは、同女が保育所から帰宅する際、その途中で交通事故に遭遇しないように、同女を迎えに行くべき義務があるところ、右義務を怠つたため本件事故が発生した。

さらに、利矢子が川上車に同乗した事情に照らすと、被告幸吉および同ナツには、原告ら主張のような作為義務は社会一般人として当然要求されるものではない。仮りに、右被告両名に右義務があつたとしても、被告両名が道路反対側まで利矢子を送り届けなかつたことと本件事故発生との間には相当因果関係がない。

3 同(三)の事実は争う。

三  被告らの抗弁

(一)  被告加藤

前記請求原因に対する被告らの答弁および主張(一)の2のとおり、本件事故発生に関し、森田車の運転者である被告森田には過失はなく、本件事故は被害者利矢子および被告幸吉、同ナツと原告らの各過失によつて起つたものである。そして、本件当時、森田車に構造上の欠陥または機能の障害はなかつたから、被告加藤は、自賠法三条但書により免責されるべきである。

(二)  被告森田および同加藤

本件事故発生については、前記請求原因に対する被告らの答弁および主張(一)の2のとおり、利矢子および原告らにも過失があつたのであるから、損害額の算定にあたりこれを斟酌すべきである。

(三)  被告幸吉および同ナツ

本件事故発生については、前記請求原因に対する被告らの答弁および主張(二)の2のとおり、利矢子および原告らにも過失があつたのであるから、損害額の算定にあたりこれを斟酌すべきである。

四  抗弁に対する原告らの答弁

被告らの抗弁(一)ないし(三)の各事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因(一)の事実は、各当事者間に争いがない。

二  同(二)の2の事実のうち、被告加藤が森田車を所有していることは当事者間に争いがなく、また、〔証拠略〕によれば、本件事故発生当時、被告加藤が森田車を自己のため運行の用に供していたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  そこで、本件事故における被告森田、同幸吉および同ナツの各過失の有無(請求原因(二)の1)ならびに被告らの抗弁について検討する。

〔証拠略〕によれば、つぎの事実が認められる。

(一)  本件事故発生現場付近の道路は、小千谷市の市街地を、ほぼ南(十日町市方面)北(小千谷市本町方面)に走る国道一一七号線で、幅員約七メートル、歩車道の区別のない(ただし、道路両端には、それぞれ路肩から約六〇センチメートル幅のところに白線をひいて通行人のための通行区分帯が設けてある)アスフアルト舗装の平坦な直線道路であり、車両の通行量は比較的多かつた。事故発生地点付近には横断歩道はなく、同地点の国道西側には、国道から約二〇メートルの通路をへて原告ら宅があり、また、同地点から十日町市方面の国道は約五〇〇メートル、小千谷市本町方面の国道は約三〇〇メートルまで見通しが可能であつた。本件当日は朝から雨降りで、事故発生当時は雨は一時やんでいたものの、路面は湿つていた。

(二)  本件被害者の利矢子は、原告ら夫婦の二女で、本件当時三歳一一ケ月(昭和四一年六月二八日生)であり、原告ら方北隣りの折田富美子方の長男博之(当時三歳二ケ月)らとともに、原告ら方から国道を約三百数十メートル小千谷市本町方面に向い、そこから東方に約一五〇メートル入つたところにある小千谷市立南保育園に通園していた。そして、本件当日の事故前、利矢子は右博之ら数名の園児とともに、同保育園からの帰途につき、同保育園から右国道に出て十日町市方面に向い国道右(西)端を歩行していた。

(三)  被告幸吉および同ナツは夫婦で、原告ら宅より十日町市方面寄りに住居があつて、同所でポリエチレンの加工販売業を営んでいたところ、本件当日、所用で、被告ナツが川上車(車幅約一・四メートル、運転席右側、助手席の座席を前に倒して後部座席に出入りする型式のもの)を運転し、被告幸吉が同被告方に勤務していた前記折田富美子の二男隆之とともにこれに同乗し、小千谷市本町方面にでかけた後、帰途につき、前記国道左(東)側を十日町市方面に向い進行していた。本件事故発生地点の約二百数十メートル手前のあたりにきたとき、前記のとおり道路右側を歩行していた博之が、それまでに何回か乗せてもらつたことのある川上車を認めて、利矢子とともに国道を斜めに走つて横断しながら川上車を追つてきたので、川上車を運転していた被告ナツはその場で停車した。そして、被告ナツが川上車の側にきた顔見知りの利矢子に、「利矢ちやんも乗つて行くの。」ときくと、利矢子がうなずいたので、被告ナツおよび助手席にいた被告幸吉は、利矢子を原告ら宅前まで送るべく、博之とともに川上車に同乗させることになり、被告幸吉はその後部座席に移つて前記隆之を抱き、その隣に利矢子を坐わらせ、助手席に博之を乗せたうえ、ふたたび被告ナツが運転して十日町市方面に向つて進行した。なお、利矢子が川上車に同乗したのはそのときが初めてであつた。

(四)  被告ナツは、まもなく原告宅前路上において、利矢子を降車させるため、川上車の左車輪が国道左(東)端の通行区分帯を示す白線にかかる状態で停車した。ついで、川上車の助手席にいた博之が立ち上つて運転席側に寄り、後部座席にいた被告幸吉が前部の助手席を前に倒してやり、利矢子が降りようとしたところ、同女の持つていたこうもり傘が運転席にあつた被告ナツのスカーフにひつかかつたので、同被告がこれをはずしてやり、左手のドアをあけて利矢子だけを降車させ、同被告がそのドアをしめた。被告幸吉および同ナツは、川上車が停車したとき国道前方(十日町市方面)をみて、対向車らしいものがないことを確認したけれども、その後、利矢子を降ろす用意を始めてから同女が降車してドアをしめるまでの間に、前方からくる対向車の有無その他交通の危険がないかどうかを確認するようなことはせず、また、降車する利矢子に対し、国道を横断する際の注意はとくにしなかつた。しかして、そのころ、前記折田富美子は、長男博之が保育園から帰宅するのを迎えようとして、勤務先の被告幸吉方から自転車で国道左(西)端を原告ら宅前付近まできていたが、たまたま道路反対側に対向して停車している川上車を認めて自転車を降り、その方に向おうとしたとき、十日町市方面から道路西側を進行してきた森田車がすぐ近くに接近しており、しかも、川上車の左側面から後部にかけて利矢子のものと思われる赤い靴が小走りに廻るのが認められたので、同女と森田車との衝突の危険を感じ、思わず大声で「利矢ちやん、出たらだめよ。」と叫んだが、その直後に、利矢子の体は森田車の右後部車輪のやや前方に吸い込まれるようになり、同車輪に轢過された。被告幸吉および同ナツは、右の折田富美子の叫び声をきいてその方をみたとき、始めて森田車が右方直前に対向してきており、川上車の右側方を通過するのを認めた。

(五)  森田車は、車高二・七四メートル、車幅二・四五メートル、車長一一・〇三メートル、運転席右側の大型貨物自動車で、本件当時、被告森田が運転して、前記国道左(西)側を十日町市方面から小千谷市本町方面に向つて、時速約四〇キロメートルで進行していた。そして、被告森田は、進路の左前方五十数メートルの地点に国道西端を対向して歩行してくる七、八名ぐらいの保育園児らの姿を認め、ほぼ同時に進路右前方約四〇メートルの地点に対向して停車している川上車を認めた。しかして、同被告は、もつぱら右園児らの動静のみをうかがい、速度を時速三三、四キロメートルに減速し、森田車の右車輪がセンターラインをやや超える程度に中央へ寄せたが、他方、川上車内部に人影は認めたけれども、同車に対する格別の注意を払わないまま、警笛を吹鳴することもなく、ほぼ右同一速度で進行したところ、その約七メートル右前方の川上車の後部付近から利矢子が道路を横断しようとしてとび出すのを認め、あわてて急ブレーキをかけたが及ばず、利矢子を森田車の右後部車輪のやや前部付近に衝突させ、そのまま同車輪でひいた。

以上のとおり認められ、被告森田本人尋問の結果(第一、二回)および検証の結果中右認定に反する部分(被告森田が本件事故発生地点の手前で警笛を吹鳴したとの点および同被告が利矢子を発見したのは森田車の前部が川上車の後部とほぼ並んだ地点においてであるとの点)は、〔証拠略〕に照らして措信することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告森田は、森田車の進路右前方約四〇メートルの地点に川上車が対向して停車し、かつ、同車内に人影を認めていたのであるから、川上車から人が降車して道路を横断することも予期しうる状況にあり、かつ、川上車のやや左(森田車からみて)後方には対向して歩行してくる七、八名ぐらいの保育園児がいて、これをさけるために森田車を道路中央に寄せ、川上車の右側方を近接して通過する状況にあつたのであるから、このような場合、あらかじめ警笛を吹鳴して川上車に警告を与え、保育園児らの動静のみでなく、川上車に対しても注意を払い、川上車の後方から道路を横断する者があつても、急停車して事故の発生を未然に防止できる程度に減速徐行すべき注意義務があつたというべきところ、同被告は右義務を怠り、警笛を吹鳴することなく、保育園児らの動静のみに意を注いで川上車に対する注視を欠き、かつ、時速三三、四キロメートルに減速しただけで進行した結果、川上車の後方から道路を横断しようとしてとび出した利矢子の発見がおくれたうえ、同女との衝突を回避する措置をとることができず、後記のような被告幸吉および同ナツの過失と相まつて本件事故を発生させたものと認められる。したがつて、本件事故につき被告森田に過失があつたことは明らかであるから、同被告の責任原因を肯認するに十分であり、また、被告加藤の免責の抗弁は理由がなく、採用することができない。

つぎに、被告幸吉および同ナツの過失の存否についてみるのに、一般的にいつて、自動車の運行者が好意で顔見知りの第三者をその自動車に同乗させ、目的地まで送り届けるような場合、目的地付近の安全な地点において同人を降車させれば、その後の同人の行動について、運行者が同人を自動車に同乗させたことに関連して何らかの注意義務を負うことは、通常はありえないと考えられる。しかしながら、右の同乗者が交通の危険に対処しうる自己防衛能力(その程度はほぼ事理を弁識するに足りる能力と一致すると考えられる)を具えていない幼児であり、幼児の降車後の行動について四囲の状況からみて交通の危険を予想することができ、かつ、右の危険から幼児を防護する措置にでることが容易に期待しうるようなときは、事情は異なるというべきである。すなわち、右のような事情のあるときは、自動車の運行者が、たとえ親権者あるいは法定または契約上の監督義務者のように当該幼児に対して当然に監護義務を負うものではない場合であつても、条理上、右の者に対して、幼児を交通の危険から保護するための行為にでることが要請され、幼児の降車時における四囲の状況に意を払つたうえ、幼児に対して降車後の行動に関して必要な指示を与え、また、状況の如何によつては、自らも降車して幼児を安全な地域まで誘導する等の注意義務が課されることもありうると考えられる。

これを本件についてみると、被告幸吉および同ナツは、本件被害者の利矢子とは顔見知りである以外には特別の関係はなく、たまたま保育園からの帰途にあつた同女を原告ら宅前まで送るべく好意で川上車に同乗させたものであるから、利矢子に対し法律上または契約上の監護義務を負うものではなかつた。しかしながら、前記のとおり、利矢子は、本件当時三歳一一ケ月の女児であつたところ、保育園に通園していて、家庭や保育園等において、交通の危険についてある程度の注意を与えられていたことを推認できないではないけれども、その年齢およびこれにともなう知能程度から考えると、交通の危険に対処しうる自己防禦能力を具えていたものとは認めがたいといわなければならない。しかして、被告幸吉および同ナツは、川上車により十日町市方面に向つて進行し、原告ら宅前の国道左(東)端に停車し、利矢子を同所で降車させた。原告ら宅は川上車の停車地点の国道西側にあり、右被告らは、川上車を降車した利矢子が、原告ら宅に帰るため、川上車の後部付近を廻つて国道を横断すること、しかも三歳一一ケ月程度の幼児の場合は、左右の通行車両に対する安全を確認することなく、任々にして走つて横断することのあることを十分に予想しえたはずであると考えられる。そして、本件現場は、車両の通行量の比較的多い国道であつて、国道を横断するにあたつては、左右の通行車両に対する安全を十分確認する必要があつたものと認められる。被告幸吉および同ナツは、原告ら宅前で川上車を停車させた時点では国道前方(十日町市方面)をみて対向車らしいものがないことを確認したけれども、その後、利矢子を降車させるまでの間に、助手席を倒したり、利矢子の持つていたこうもり傘に被告ナツのスカーフがひつかかつたのをはずしてやつたりしてある程度の時間を要したのであるから、利矢子が降車する時点においても、改めて対向車両の有無等の交通の危険がないかどうかを確認し、その危険のないことを見計らつたうえで利矢子に道路の横断をするように指示するか、あるいは、右被告らのうち一名が降車して、同女が安全に横断できるように誘導するなどの措置にでるべきであつた。しかるに、右被告らは、利矢子の降車した時点においては、前方(十日町市方面)の対向車両の有無等の交通の危険に関しては何らの注意を払わなかつたので、折から対向して進行してきていた森田車が川上車の右直前方にくるまで気づかず、また、降車した利矢子に対して国道を横断する際の適切な指示を与えることも、車外に出てこれを誘導することもしなかつた結果、利矢子をして、直前に進行してきている森田車に対する警戒をしないまま川上車の後部から国道を走つて横断するにまかせ、同女と森田車との衝突によつて本件事故を発生させたことがうかがわれる。しかして、右被告らに対して、利矢子の降車時に対向車両の有無等に注意を払い、利矢子に国道を横断する際の指示を与え、または車外にでてこれを誘導することを期待することは、決して難きを強いるものではなく、容易なことであつたと認められる。そうすると、被告幸吉および同ナツには、利矢子に対して法律上あるいは契約上の監護義務を負うものではないけれども、交通の危険に対する自己防衛能力を欠く利矢子を川上車に同乗させたことに関連して、条理上、利矢子の降車時に対向車の有無等の交通の危険がないかどうかについて意を払い、その危険のないことを確認したうえ同女に道路を横断するように指示しまたはこれを誘導すべき注意義務があつたものというべきところ、右被告らは右注意義務を怠つたため、前記のような被告森田の過失と相まつて、本件事故を発生させたものと認めるのが相当である。したがつて、被告幸吉および同ナツについても本件責任原因を肯認することができ、かつ、右被告らと被告森田とは、本件事故発生に関し、共同不法行為者の関係にあるものというべきである。

なお、被告らは、利矢子および原告らにも過失があつたとして、過失相殺の主張をしている。しかしながら、不法行為における未成年者である被告者についてその過失を斟酌する場合には、その被告者に事理を弁識するに足りる能力が具わつていることを要すると解すべきところ、本件被告者の利矢子は、前記のように本件事故当時三歳一一ケ月であり、その年齢およびこれにともなう知能程度からみて、事理を弁識するに足りる能力を具えていたと認めることは困難であるから、その過失の存在を論ずることはできない。また、前記のような本件事故発生に至るまでの経緯および発生時の状況等に鑑みると、利矢子の両親である原告らに、本件事故発生について利矢子に対する監護義務を果さなかつたことによる過失があつたと認めることはできない。したがつて、被告らの過失相殺の主張はいずれも理由がなく、採用しない。

四  つぎに、本件事故により原告らの蒙つた損害について検討する。

(一)  利矢子の逸失利益

利矢子が死亡当時三歳一一ケ月の女子であつたことは前記認定のとおりであり、ほぼ四歳の女子と同視できるところ、厚生省第一二回生命表によれば、四歳の女子の平均余命は七〇・四二年であることが明らかである。そして、原告健一本人尋問の結果によれば、利矢子は健康でさしたる病気をしたことがなく、原告ら両親の手で養育され、かなり恵まれた家庭環境にあつたものと認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実およびその他の事情を考慮すると、利矢子は、二〇歳に達するころから五五歳時までの三五年間稼働できたものと認めるのが相当である。しかして、昭和四三年賃金構造基本統計調査第一巻第一表によれば、女子労働者全産業平均の平均月間きまつて支給する現金給与額は二万五八〇〇円、平均年間賞与その他の特別給与額は五万八七〇〇円となることが認められ、したがつて、利矢子は、もし本件事故がなければ、稼働可能期間を通じ、少くとも右の年間平均給与および賞与合計三六万八三〇〇円の収入がえられたはずで、うち二分の一を生活費として控除することとし、さらに、これを死亡時の現価に換算するために、年別ホフマン式計算により年五分の割合による中間利息を控除すると、その額は、つぎの計算式のとおり二四七万六三二〇円となる。

(25,800×12+58,700)×1/2×(24.9836-11.5363)=2476,320円

原告らが利矢子の両親であることは前記認定のとおりであるので、利矢子の死亡により、原告らは右逸失利益の損害賠償請求権を各二分の一宛相続した。したがつて、これにより原告らの請求しうる金額は各一二三万八一六〇円となる。

(二)  原告らの慰藉料

原告らは、二女利矢子を本件事故によつて失つたことによりきわめて大きな精神的苦痛を受けたことが認められるところ、前記認定のような本件事故の態様、その他諸般の事情を考慮すると、原告らが慰藉料として請求しうるのは、各一三五万円をもつて相当と認める。

なお、原告らは、本件事故により即死した利矢子の慰藉料請求権を相続したとしてその請求をしているけれども、死亡による慰藉料請求権は死者本人には発生しないと解するのが相当であるから、右請求は理由がなく、採用しない。

(三)  損害の填補

右(一)および(二)の原告らの各損害合計は二五八万八一六〇円となるところ、原告らが自賠責保険金から四五七万三三〇〇円(各二二八万六六五〇円宛)を受領していることは、原告らの自認するところであるので、これを控除すると、その額は各三〇万一五一〇円となる。

(四)  弁護士費用

本件訴訟記録および弁論の全趣旨によれば、原告らは、本件訴訟の提起と追行を原告ら訴訟代理人に委任し、新潟県弁護士会の報酬規定の範囲内でその費用の支払を約束したことが認められる。そして、原告らの前記請求認容額、証拠蒐集の程度等本件訴訟にあらわれた諸事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用の支出による損害として請求しうるのは、各五万円であると認める。

五  よつて、原告らの被告らに対する本訴請求のうち、連帯して、各三五万一五一〇円およびうち弁護士費用を除く各三〇万一五一〇円に対する本件不法行為の日である昭和四五年六月一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は、理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林五平)

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